「40代を後悔しない50のリスト」 大塚寿 著
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)
「某市下水道事業誌」や「東京都下水道100年」を拝見していますと、昭和43
年ぐらいの社会的状況がその都市でで出てくる話題と共通していると 感じま す。当時
の日本では雨水排水は公費、汚水排除は利用者負担ということですが、その頃国
が下水道に対して補助率を上げ、5カ年計画などの策定で、強 力に施設整備がそ
の後進んでいったのですね。東京都ではシビルミニマムを唱えたのがこの頃だそ
うです。生活環境の改善のために、某市でも、起債 や市費の投入を計画的に
行ったと書かれています。行政が「率先して」インフラを大事にして整備を進め
たのが日本ですね。
その都市の今を考えると、やはり日本の昭和40年代ほどは、中央の補助もおそらくな
いでしょうし、外国援助によるプロジェクトベースの整備になっ ていると思い
ます。
長い占領や戦争もあったその都市に対して、あまり日本の経緯を強調する
と、適当でない部分があるのですが、官民インフラ輸出では、純粋な 先端技術
の部分と、日本の財政政 策的なノウハウをセットでアピールというか、途上国
に理解してもらうことが重要なのではと考えています。(但し、日本の財政政策
が良かったのかどうかは今 日難しい問題ですが)。
これまで自分の知っている技術協力ですと、国内は国内、海外は海外(こ
れはこれ、あれはあれ)ということで、狭い思考範囲で仕事してい たような気
がします。最近、地方自治体さんとのタイアップで、国内と一緒に海外を考える
という経験をして、改めて日本の過去の経緯を途上国の歴史 と、重ねあわせて
みてから、それから、そこにふさわしい支援を考えるということが重要なのでは
ないかとよく思うようになりました。
これは、もっと私としても深く考える必要があると思っております。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)
河川文化を語る会で、「日本人の自然災害死史観」という講演会を聴講した。大石久和氏の御講演であった。
西洋文明では、城壁のある都市が発達している。それに対して、日本では城壁が発達せず、比較的小規模なコミュニテーが形成された。
インフラ整備に対する姿勢として、西洋では大規模に投資をして、道路、水道、河川等、豊かな社会を築いてきた。一方、日本は、インフラ整備が不十分で、しかも最近は、政治も社会も、インフラ整備を軽視しているという。
日本人の特質として、中央意識を持っていない(辺境民)(内田樹さんの本)、小集落生活民、自然災害死民であることの3つが挙げられた。
天為の国が日本、人為の国が西洋であるという。
自然災害に対しても、それを受け入れいる日本人について、外国から驚かれているという。それは、変わってしまうから変わることを喜ぶ文化、人が何もしなくても災害で環境が一変するからだという。欧州は、変わらないから、変わらないことを大切にする文化(例えば 街の景観)があるという。
以上のようなお話であった。
私は、日本に城壁が発達しなかったのは、島国で外敵の侵入などの恐れが大陸に比べ小さいこと、そしていわゆる稲作灌漑文明が発達し、河川の水が比較的容易に利用、管理でき、集落のまとまりが小さくて住んだために、大陸のような権力者が、城壁を作るような文化が必要なかったのだと思う。日本の国土の特性ゆえの、現在であると思う。
しかし、今日のお話の後、質問は出来なかったが、そういう違いはあるにせよ、インフラが不十分で、窮屈な生活に甘んじている日本人が、このような違いに気がついて、考え方を改めるかどうかということであろう。
Cityという言葉は、Civitas つまり壁の内側という意味であるという。そうであるなら、東京都が昭和43年に提唱したシビルミニマムということは、もしかしたら、外国人にとっては、城壁の中で、萎縮して生活するような意味になってしまうのかもしれない。
日本のシビルミニマムとは、大きな違い、誤解があるなあ。
とにかく、河川文化を語る会は、自分にとって思考の転機となる。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)
最近のコメント